2025.8.16 8月フォーラム 「国際労働政策:経済連携協定における労働規定、G7・G20における労働トピック」
講師:石野瑠花氏 KIPアラムナイ, 厚生労働省勤務
略歴:2020年に慶應義塾大学法学部卒業、2022年に東京大学公共政策大学院卒業。卒業後は厚生労働省に入省し2年間介護施策を担当。現在は国際課にてG7・G20や、ILO等の国際会議のほか、経済連携協定の交渉等を担当。 在学中はKIP委員会で委員長を務めた他、JACKの立ち上げに従事。アメリカ研修、アジア研修、地域研修、EXNEXTなどに参加。
【スピーチと質疑応答】
今回のフォーラムでは、KIPのアラムナイである石野瑠花氏にご講演いただいた。厚生労働省国際課にてG7・G20等の会合や国際労働機関(ILO)の国際会議における交渉に関わってこられたご経験から、国際労働政策についてお話しいただいた。国際労働政策は主に国際的な労働基準を策定し・実施状況をチェックするILOにおける取り組み・経済連携協定・G7やG20等多国間での知見共有や指針策定を目的とする会合・開発協力を通じた労働環境の整備、といった要素から成るとのことで、各分野における取り組みについてご説明いただいた。ILOに関しては特に近年プラットフォーム経済に関する議論が重要な議題となっており、法律上の労働者の定義や社会的保護の必要性の有無に関して議論が行われているとのことだった。また貿易協定に関しては、近年労働者の権利保護の水準維持等を定めた労働規定を貿易協定の中に入れ込む事例が増加しているとのことだった。その後各国が協力して労働雇用問題に対処すべく行われるG7やG20における会合の主要なテーマを紹介していただき、最後に労働分野における国際協力の取り組みについて具体的な事例を交えつつご説明いただいた。
【全体討論】
以上の内容を踏まえた全体討論では、現在の自国ファーストの政治状況を念頭に置き、日本が今後、労働分野における国際協力を強化すべきか否かをテーマに議論が行われた。また、国際的な労働基準策定に際して内容の充実と実効性のバランスを取ることの難しさを踏まえ、国際的な労働基準を策定する意義についても活発な議論が交わされた。前者については、国家間の経済格差が縮小するなか国際協力の必要性に疑問を呈する意見や、労働における人権保障の主体はまず各国であるべきという意見があった。一方で、労働安全衛生水準の向上や社会保障制度の整備に関わる開発協力はサプライチェーン上の不確実性を減らす上で有効であること、途上国の産業や生産物が私たちの生活に不可欠であることから道義的責任を果たすべきであること、人手不足の産業における他国からの労働者受け入れに際し、法整備の整った国から人材を受け入れることは日本にとって重要であること等が協力を支持する理由として挙げられた。ILOにおける基準策定の意義については、合意された文言が十分に意味のあるものになっているか、規制の発展を阻害しないかといった批判的意見がある一方、国内で法整備が十分でない国々は国際的に統一された基準があることで後からそれに適応したルール作りが可能になること・規範から逸脱した国に対する批判の拠り所になるといった肯定的意見もあり、幅広い見解が示された。
【全体私感】
今回の討論では、国際労働政策というテーマの下、ILOにおける基準策定から日本の労働分野における国際協力の望ましい在り方に至るまで、多角的な意見が交わされたのが印象的だった。ILOに関しては、国際的な規範づくりの意義と同時に、その困難やジレンマについて改めて考える機会となった。労働分野における国際協力について、私自身は「維持されるべきだ」という立場を持っている。その理由は道義的な観点に加え、労働分野における人権保障や労働安全衛生水準の向上は、サプライチェーンの安定にも寄与し、普遍的な価値として国際社会に受け入れられやすいため、外交上の重要性が大きいのではないかと考えるためである。もっとも、成果が見えにくい・自国民へのアピールとして弱いといった懸念は、現下の政治状況を踏まえると無視できないものである。今回の議論を通じ、賛成・懐疑の両論に触れ、自分の立場を見直す機会を得たが、一個人としてはやはり、短期的でわかりやすい利益のみを追求するのではなく、長期的かつ外交的な利益を考慮しつつ、労働分野における国際協力を維持していくことの重要性を強調したい。
東京大学教養学部3年 井ノ口遥