2024.8.13 8月フォーラム 「感染症数理モデルとパンデミック」

講師:遠藤彰医学博士

略歴

2017年東京大学医学部卒業後、2021年London School of Hygiene & Tropical Medicineにて博士号取得。 同年長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科特任研究員、翌年客員教授に。同年2022年シンガポール国立大学 Saw Swee Hock School of Public Health准教授となって現代に至る。 遠藤氏の専門領域は感染症疫学と数理モデル。研究テーマには「数理モデルを用いた新興・再興感染症の疫学研究」がある。その功績が買われ、令和6年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞を日本の100人の一人として受賞している。  KIPでは2012年に入会、数年間委員長を務めアメリカ研修や各地域研修にも参加。

コロナ禍を振り返って、日本は感染者数や死亡者数を抑え込むという点において比較的上手くいっていた。しかし、再びパンデミックが訪れた際、それもコロナより死亡リスクのずっと高い感染症が流行したとしたら、果たして同様の感染症対応で対処できるのだろうか。 このような問題意識に基づき、「死亡リスクの高い感染症が流行した際、人々の行動を制限する法制度を整備する必要はあるか?」というテーマで議論を行った。

【スピーチと質疑応答】

一昔前、感染症はもはや発展途上国だけの問題という見方が存在したが、MERSや新型コロナ、エボラ出血熱など、感染症は人類の脅威として常に存在し続けている。公衆衛生問題の中でも「パンデミック」は複数の難しい特性を備えている。特に、ある人のリスクはその周囲の人のリスクでもあるという「リスクの相互依存性」により、人口レベルでの行動制限が要請されることも多い。数理モデルを用いる際も、これらの特性に注意する必要がある。会場質問では、人の行動というパラメーターの不確実性への懸念や、政府のコロナ対応において経済学者の観点は取り入れられたのか、休校の効果はどうだったのかなど、活発な質疑応答が展開された。 政府の新型コロナ対策では、初めて数理モデルが大いに活用された。今回、日本は他国と比較して感染者数や死亡者数を圧倒的に少なく抑えられたものの、次のパンデミック対応でも上手くいく保障はない。また、政治家は十分責任を負わず、専門家が身代わりとして前面に押し出されたという反省点も存在する。最後は、人権の観点から見たパンデミックについて。コロナ禍では世界各地で実際に、移動の自由やプライバシー、人種差別の問題が発生した。また、感染拡大のコントロールは民主主義より権威主義の方が相性が良いというジレンマについてもお話しいただいた。

【グループ討論と全体討論】

「死亡リスクの高い感染症が流行した際、人々の行動を制限する法制度を整備する必要はあるか?」というテーマについて、賛成派からは、迅速なら対応のためには平時のうちに法整備が不可欠である、責任の所在を明確化すべき、行動の自由の制限よりも感染拡大で命が奪われることの方が重大であるなどの意見が挙げられた。一方で反対派からは、厳密な定義の難しさから画一的法整備は難しい、条件付きの法整備では結局実効性が乏しくなってしまうのではないかなどの意見が挙がった。全体としては討論開始前後ともに、賛成派の方が多いという結果になった。

【全体私感】

感染症数理モデルを用いて政府のコロナ対策にも貢献された遠藤氏から、貴重なお話を聞くことができた。「パンデミックは、どう対処するにしても『負』であることには変わりない。大切なのは、社会で『負』をどう配分すべきかだ。」遠藤氏が総評として述べていたこの言葉が心に刺さった。今回得た学びを基に、再び来るであろうパンデミック対応について、これからも考え続けていきたい。

上智大学文学部2年  西村 菜乃

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