2023.1.14 1月フォーラム 「イスラームと市民社会」

講師:中村光男 千葉大学名誉教授

略歴: 1960年東京大学文学部哲学科卒業後、文化人類学に専攻を転じ、1965年東京大学大学院より修士号取得、同年フルブライト奨学生としてアメリカコーネル大学に留学。1976年Ph.D.を取得。

【スピーチと質疑応答】

講演のなかで印象的だったのが、インドネシアのイスラームは、日本で一般的に抱かれており、私も抱いていたイスラームのイメージとはかなり様相が異なるという点だ。厳格な戒律や断食のように、日本人からすると苦行にも見える生活スタイルの印象が強かったため、インドネシアの場合は友好的なスマイリングイスラームであるということが驚きだった。
ムスリム商人や布教者がインドネシアに訪れ、現地で結婚、定住するようになった結果、緩やかに、平和的にイスラームが浸透していったという話も非常に興味深かった。ある地域集団の信仰の程度やその性格は気候や現在の産業、民族構成等比較的最近の状況に影響されるだけではなく、現在生きる人々と直接関係がないような数百年前の歴史にも関係してくるという一つの例であるように思う。
加えて、イスラームでは「人間は不完全」という観念が根底にあり、不完全な個人同士だからこそ議論を尽くすことや、全能の神が作った世界を理解し活用するため、学ぶことが神への信仰の表れになるということも伺った。この考え方はムスリムでない自分自身も見習いたいと感じた。
スピーチの後、近頃タリバン政権の動きが世界的に批判されているなかで、インドネシアのムスリムは他国のイスラームの状況についてどう感じているのか、という質問があがった。これに対して、インドネシアのムスリムは自分たちのイスラーム文化が本物だという自信を持っており、アラビア半島のような他地域のイスラームに対して進出しよう、という動きがある、との返答をいただいた。イスラームが元来持つ「世界に信仰を広める」という性格と、近年のグローバル化が合わさった結果このような動きがでてきたのだろうか。話を聞くたびに新たな疑問が湧き上がる、とても興味深いテーマだった。

【グループ・全体討論】

「優先されるべきは、宗教か人権か」というテーマのもと3グループで討論を行ったが、それぞれの結論は、インドネシアに着目した場合、国としては「宗教を優先」「人権を優先」「場合による」と、見事に分かれた。「宗教を優先」派からは、すでに宗教が深く生活にも政治にも浸透しているインドネシアでは、宗教によって国がまとまっており、かつその宗教が比較的寛容な性格であることが理由として挙げられた。一方で、「人権を優先」派は、イスラームの教義がインドネシアの人々を結び付けているという点には同意しつつも、人権は生まれながらに保障されるべきで、そこには宗教の自由を含まれるのではないか、という意見だった。
このように三者三様の方向で議論が行われたかのように見えたが、その後の全体討論を通し、そもそも宗教と人権は二項対立でとらえるべきではなく、生活の基盤となっている宗教を生かしつつ人権を保障するのが良い、という考えをどのグループも共通して抱いていることが明らかになった。

【全体私感】

講義や書籍で「欧米ではダーウィン進化論を宗教上の理由から受け入れられない場合がいまだにある」といったケースをしばしば耳に(目に)していたため、フォーラムの前は宗教と科学は根本的に相いれないものだと考えていた。
イスラームも神が世界を作った、という根本的なところは自然科学と両立はしないが、「自然、世界の成り立ちを理解しようとする」という試みはまさに自然科学そのものであり、この二面性がなんとも独特で、だからこそ天文学や医学が発達した歴史を持つのだと納得できた。今回伺ったインドネシアのイスラームの状況は、宗教が生活に浸透しながらもそれが科学技術発展の足かせとならない良い実例であると思う。将来科学に携わる者として、宗教と科学の関係性は今後も考えていきたい。

東京大学前期教養学部2年 毛防子 璃奈

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