2020.09.12. "Emerging U.S. Trade Policy Approaches to China and their implications for the International Trading System"
外務省経済局長/KIP理事 四方敬之氏
今回は、本年7月外務省経済局長に就任されたKIP理事でもいらっしゃる四方敬之氏を講師に迎え、直近3年間で在中国日本大使館及びハーバード大学で研究された題材をベースに英語で研究成果をお聞かせ頂きました。FCCJにて、On-line併用という新しい試みでフォーラムを行い、質疑応答後のグループ討論では、米中対立下での日本の役割について政策提言を含む、闊達な議論が交わされました。
四方敬之氏
略歴
京都市出身、86年京大法卒、 ハーバード大学ケネディー行政大学院修士(MPP)。 1989年在米国日本大使館プレス担当官を皮切りに、1999年にOECD日本政府代表部一等書記官、2012年に在英国日本大使館政務担当公使、2018年からは駐中国特命全権公使、2019年には米国公使として再度米国へ赴任。国内では国際報道官、北米局北米第二課長、国際法局経済条約課長、内閣副広報官、大臣官房人事人事課長、アジア大洋州局参事官等を経て、2020年7月より現職。
内容紹介
9月フォーラムは、新型コロナウイルスの影響を受け、FCCJにてOn-lineと併用という新しい形式で行いました。今回は、外務省経済局長に就任されたKIP理事でもいらっしゃる四方敬之氏を講師に迎え、直近3年間で中国や米国でのご公務及びハーバード大学で研究された題材をベースに英語で表題の研究発表の一部をお聞かせ頂きました。また、四方氏のご紹介で、中国からゲストとしてTangtang Yang氏 (シカゴ大学3年生)にも参加頂きました
まず初めに、四方氏から1970年代の米中国交正常化以来、米国がどのような対中政策及び通商戦略を講じて来たかという変遷についての概観が示され、現行のトランプ政権下の対中通商政策が、どの様なコンテクストで形成されて来たのかを簡潔にご提示頂きました。特に、中国の世界貿易機関(WTO)加盟支持を決定したクリントン政権から、環太平洋経済連携協定(TPP)を通じて高いレベルでの貿易自由化を主導したオバマ政権までとの対比から、トランプ政権における対中通商政策がいかに、従来路線から転換したかという問題意識をご紹介下さいました。この「変容」について四方氏は、現在トランプ大統領が問題視している中国の国有企業の存在や中国共産党の市場への影響力など、中国の独特な商慣行(所謂、‘China Inc.’)は、その多くが既にオバマ政権期から指摘されていた点であり、以前から金融政策や知的財産権、WTO紛争処理などの様々な方策が取られてきたが、中国が経済的に台頭する中で、当初の目標であった「市場経済国」になっていないとの認識に基づいて、諸々の未解決の課題を解決し、中国市場における米国企業にとっての参入障壁を是正するべく一連の対中強硬策が行われている為、2020年1月に米中両国間で第一段階の合意に至った現在でも、まだ楽観視は出来ないと最近までの情勢について詳細にお話し頂きました。
また、米国大統領選まで50数日を残した時点での各候補の対中観や国際通商ガバナンスの現在、中国が主導する広域経済圏構想「一帯一路」や、フォーラム前日に大筋合意に至った日英包括的経済連携協定(EPA)、日本を含むインド太平洋地域での経済外交の動向に関しても論点整理をして頂き、現下のコロナ禍で世界経済の再興に向けて日米両国が果たし得る役割などについても解説頂きました。現在、アジア太平洋地域では、インドが交渉から抜けながらも年内締結が期待される東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日中韓自由貿易協定(FTA)など複数の経済連携協定の枠組みが、将来的なAPECの地域レベルでの自由貿易地域の構想であるFTAAP(Free Trade Area for the Asia-Pacific)に向けて協議されています。その中で四方氏は、今後のWTO改革の重要性に加えて、トランプ政権誕生直後に米国が脱退したTPPに関して、日本を始めとするメンバー諸国が尽力して再交渉し、CPTPPとして発効させ、高い水準のルール形成を実現した点を高く評価し、その米国も巻き込む形で提唱されている「自由で開かれたインド太平洋 (FOIP) 構想」における、経済面での支柱としての可能性や将来的な米国の復帰についての見通しと、その重要性にも触れられていました。
ディスカッサントのYang氏からは、現行の米中対立について、中国側関係者の見方の解説として、米国が非難する「中国のルール違反」というのは必ずしも国際的に通用しているWTOルールではなく、米国が自国の国内法に準拠して主張していることや、中国側では巷間で言われている様な「デカップリング (米中分離)」について言及している高官はいないことが指摘されました。他方で、オバマ政権で推進されていたTPPは常に米国が主導しており、米国によって中国の様々な国内制度やルールの改革を強いられる政策手段として中国国内では警戒感をもって見られている向きもあるとの意見が述べられました。
プレゼンテーション後の質疑応答では、米中対立下で中国の更なる経済的台頭に伴う国内制度改革の兆しや「市場経済」を巡る認識の差異やその定義を巡る論争の見通し、トランプ政権の対中政策における狙い、米中両超大国以外の国々の国際経済秩序における役割など、幅広いテーマについて意見が交わされました。四方氏からは、米国で今後、国内雇用保護や国家安全保障の観点から、さらなる対中強硬的な政策が打ち出される可能性に触れながら、一方で、トランプ政権の中でも貿易政策や金融政策を担う面々によって様々な考え方もある旨説明がありました。WTO改革の文脈では、紛争処理制度における米国と欧州の考え方の違いを乗り越える重要性や途上国ステータスの見直しの必要性など、イシューによって他の関心国との国際連携や協調が不可欠であり、日本として引き続き積極的に取り組んでいきたい旨発言されました。
フォーラムの後半では、グループ討論で「米中対立下での日本の役割」について、政策提言まで含めたディスカッションを行いました。主なものとして、FCCJに参加したあるグループからは、日本は一国ではなく、価値観を共有する国々と協調して米中両国にそれぞれ働きかけるべきであり、具体的な施策として、FOIP構想の地理的射程をさらに広げてはどうかという提案がなされました。On-line参加のあるグループからは、人権や香港などの問題で中国は現在、国際社会から孤立しているが、その経済規模は無視出来ない為、ビジネス面ではこれらの問題と分けて中国が国内改革へ舵を取れる様、日本は様々なチャネルを通じて関与を継続していくべきとの見解が示されました。
これらの討論内容に対して、最後に四方氏からは、個々のグループに対して講評を頂きました。日本の外交メッセージがFOIP構想を通じて世界へ伝播することは望ましいことであり、例えば日英EPAを大筋合意したが、EUから離脱を決めた英国にとってCPTPPへ参画することでFOIPの射程が広がり、共通の価値観を有する国々の繋がりが拡大していくことや、2019年G20大阪サミットの際に日本が提起した「信頼性のある自由なデータ流通(Data Free Flow with Trust: DFFT)」に関するイニシアチブを、米国や中国を巻き込みながら進めていくことの重要性、日中両国間におけるビジネス面での繋がりに関しては、ハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル教授が近著で指摘する様に、長い歴史に根付いた日中両国関係を考慮すると、対立を深める米中両国に対して日本が独自に果たせる役割の可能性など、各グループの論点をさらに広げて示唆に富む視点を数多く、ご提示頂きました。
偶然にも、今回のフォーラムの数日後には、WTOのパネルが米国の中国に対する高関税を不当とする、一連の米中対立の中では初めての判断を下しました。今後の展開は一層、不透明なものとなりますが、極めてタイムリーで複雑な国際通商システムに関する内容を、包括的かつ平易にご解説頂いた素晴らしい機会となりました。ご多忙の中、KIP会員のために貴重な時間を割いて頂いた四方氏に、この場をお借りして御礼申し上げます。
(オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院博士課程 大崎 祐馬)