2018.2.8「The museum in the 21st century: Who is it for and Why does it matter?”」
東京都庭園美術館 学芸員 ロイジン・イングレスビー 氏
ロイジン・イングレスビー氏:オックスフォード大学を卒業後、ニューヨークのバード大学院で美術史を専攻、修士号を取得。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、ロンドン塔で学芸員を歴任。2016年に来日し、現在は目黒区の東京都庭園美術館でご活躍なさっています。
2月フォーラム開催。学芸員としてご活躍されているロイジン・イングレスビー氏をお招きし、「21世紀のミュージアムは誰のためのものであり、なぜ必要なのか?」というテーマのもと、「歴史と文化の帰属先」、「展示品」、「来館者」、「資金源」の4つの論点から現在のミュージアムの役割と今後のあり方についてご講演いただき、「入館料は無料にするべきか」というテーマで討論を行いました。イングレスビー氏は、「museum」を美術館や博物館のように区分せず、また、展示品は「高価な美術品」に限る必要はない、という内容でお話ししてくださったので、本稿もより広い視点から「ミュージアム」という語を用いて執筆させていただきます。
ご講演は、芸術品が富の象徴として個人所有されていた中世から近世にかけての歴史から始まりました。1683年にオックスフォード大学に世界初のミュージアム、アシュモレアン博物館が誕生し、その後数百年のうちに各国にミュージアムが設立され、芸術が大衆にも公開されるようになりました。しかし、芸術品は略奪や輸入により獲得されたものが多く、昨今その帰属先をめぐった文化財返還問題が深刻化しています。一方で、シリア、エジプト、アフガニスタンのようにテロや紛争が多発する地域では、文化財を保護するために安全な国に避難させるべきか、という問題も浮上し、その所有権をめぐる争いが絶えないことについてお話しくださりました。
次に、ミュージアムにはどのようなものが展示されるべきなのか、というテーマについて論ぜられました。高価な絵画や骨董品に限らず、ハローキティやスターバックスのタンブラーなど、比較的歴史が浅い日用品でも、現代の消費社会を象徴するものとして後世に残す価値があります。高価だから展示するべきという固定観念に縛られることなく、多様な展示品を通して、様々な体験が出来る場所として今後のミュージアムは発展していくべきではないかと述べられました。
ミュージアムに足を運ぶのは誰か、というテーマでは、学習やリラックスなど多様な来館目的がある一方で芸術などの実物離れにどう対応するかという問題に焦点をあて論ぜられました。最近は年代層に合わせて解説を複数用意したり、写真撮影を許可したりして、より親しみやすいよう工夫されているそうです。さらに、魅力を高めるためには展示品の質を高めるべきか、または、学芸員のレベルを高めるべきかといったお話もされました。最近では、ミュージアム閉館後に館内でパーティーやイベントなどの催し物が行われるようになり、イギリスのミュージアムの来館者数は年々増加しているそうです。
最後は、誰がお金を払うべきか、どのようなお金で運営するべきか、というテーマでお話しくださりました。ミュージアムの資金源は、入館料、税金、寄付の3つに分けられます。まず問題となるのは、入館料と税金の関係です。ミュージアムを図書館のような公共施設とみるか、映画館のような娯楽施設と捉えるかにより入館料の意義は大きく変わります。イギリスでは、前者の考え方を重視し大英博物館を中心とした多くの国立ミュージアムの常設展を無料で公開しているそうです。次に、寄付金が問題となります。日本では、あまり話題になりませんが、石油会社などからの大口の寄付金は企業に配慮した展示の制限につながり公共性、学術性の観点からも大きな損失をもたらします。そのため、イギリスではこうした寄付を排除した健全なミュージアムの運営が図られているそうです。
ご講演で学んだことを踏まえ、「入館料は無料にするべきか」というテーマで討論を行いました。常設展については、所有権や公共的空間の性質が強いという観点から無料にするべきだという意見があった一方、持続可能な施設運営や娯楽性が強いという観点から入館料は必要だという意見もありました。特別展については、来館者が限られ、さらに輸送費や人件費などを含め多くの支出も伴うため、入館料を取るべきだという意見が多数を占めました。
KIPで初めてとなる芸術をテーマとしたフォーラムで、ミュージアムの意義や役割について深く考える貴重な機会となりました。最後になりますが、今回のご講演のためにお時間を割いてくださったロイジン・イングレスビー氏に心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
(新藤 悠太郎)